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海は国境を知らない ――コタキナバルとフィリピン南部を結ぶ歴史

コタキナバル名物 夕日

先日、マレーシアのコタキナバルを訪問する機会がありました。
コタキナバル の中心部には、「フィリピーノマーケット」と呼ばれる市場があります。

観光客で賑わうその場所の名前に、私は強い既視感を覚えました。

昨年、私はミンダナオ島 を訪れています。

地図を広げてみると分かりますが、フィリピンの南西部とコタキナバル(ボルネオ島)は、海を挟んで驚くほど近く、島伝いでつながっていると言ってもよいくらいの距離です。
飛行機で移動した感覚とは裏腹に、歴史的には“生活圏”ともいえる位置関係です。

国境が引かれる前から人は行き来していた

現在コタキナバルはマレーシア に属し、ミンダナオ島はフィリピン の一部です。

しかし国家が成立する以前、この海域では活発な交易が行われていたそうです。

特にミンダナオ南部は、14世紀以降イスラム勢力の影響を強く受け、スールー王国などのイスラム王国が栄えました。
その文化圏は、現在のサバ州沿岸部にも広がっていました。

つまり、

いま国境で分かれている地域は、もともと一つの海洋文化圏だった。

「フィリピーノマーケット」という名前は、その歴史の名残でもあります。

近さはいまも続いている

コタキナバルを歩いていると、顔立ちや言語、文化の共通点を感じる場面があります。

歴史的交流は、単なる過去の話ではありません。

フィリピン南部の経済状況や治安の影響を受け、サバ州へ移動する人々も少なくなく、観光地の裏側には移動と定住の現実があります。

昨年ミンダナオ島で出会った若者たちのことを思うと、彼らにとって海外就労は「遠い世界」ではなく、地理的にも心理的にも近い選択肢なのでしょう。

コタキナバルでのもう一つの印象

一方コタキナバルの観光業に目を向けると、別の印象を受けました。

空港、ホテル、フェリーターミナルなどで働いているのは、ほぼ若いマレーシア人です。

しかも皆いきいきとして笑顔が多く、接客に誇りを持っているように見えました。

これは偶然ではないはずです。

つまり、

地元に、働く若者が十分にいる。

観光業が、国内の若年層で回っている構造が見えました。

日本との対比

日本のインバウンド業界はどうでしょうか。

宿泊業、外食業、空港業務…いずれの業界も、外国人材に依存せざるを得ない状況が続いています。

人口減少。
若年層の都市集中。
観光地の人手不足。

もちろん外国人材の活用は必要ですし、私自身、その分野の支援業務に携わっています。

しかしコタキナバルで感じたのは、

「地元の若者が支えている観光地」という姿でした。

これは人口構造の違いでもあり、国家の発展段階の違いでもあります。

海を越える人の流れ

コタキナバルとミンダナオは、距離が近く共有された歴史があり、文化としてのイスラム教や交易があります。

海は国境を知りませんが、現代では、国境が制度をつくり人の移動も管理しています。

同じアジアの中で人は確実に動いているものの、日本は今後、どのように外国人材と向き合うのでしょうか。

海を隔てた2つの地域を歩いたことで、人の移動は“問題”ではなく、もともとは“自然な交流”だったことをあらためて実感しました。

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